できるだけいろいろなことを書く

できるだけまじめなことと、くだらないことを書きます。ファシリテーションやグラフィックレコーディングと関係あることかもしれないし、関係ないことかもしれません。(当ブログにはアフィリエイト広告を利用しています)

文章添削講座を受けた話

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はじめに

  • この記事は常体で書きます。これはそういう気分の文章です。
  • 以前公開したものに加筆修正しています(こちらが正です)。

本文

昨年(2020年)の春に少しフォーマルな短文を書く必要ができてさあどうしよう、と思っていたところ、編集者/ライターの青山ゆみこさんがメールベースの文章添削講座を開くというので早速申し込んだ。名前が一文字違いでしかもお互い神戸在住(生活圏もかなりかぶっている)というだけでなく、年齢もひとつしか変わらず、同じ区で育っているそうだ。子どもの頃にもすれ違っているかもしれない。これはお願いせねばならない。

いや、そんな理由だけでお願いしたのではなく、以前読んだ著作にとても感銘を受けていたことや、青山さんが編集者であり、かつ書き手でもある方という点がポイントだった。今度書く予定の文章はなにしろ限られたスペースだから言いたいことを誤解なく伝えたい。それにはやっぱり編集者の視点が必要なのではないだろうか……と、今になれば理由も言語化できるのだが、告知を見たときはそんなことを考える暇もなく、秒でわりあい失礼なメールを送っていた*1

note.com

note.com

書いた文章の添削にくわえ、その間数通のメールのやりとりでも非定型なフィードバックが得られるのがこの講座の流れである。プロから1:1で添削を受けられるぜいたくさ、そして濃密さ。

この「赤字書き込み」の量や内容については、実際に受講された方のほぼ全員に近い方が、驚かれています。 それは、おそらくいま想像されている「文章添削」とちょっと異なる、わたしからあなたへのメッセージのようなものだからです。

個人向け文章添削講座「第11期募集のお知らせ(限定5名)|Yumiko Aoyama|noteより

青山さん自ら説明しているとおり、その赤ペンは添削というよりメッセージだった。

「うおっ、読める人はここまで読む。怖い。プロやばい(語彙力がなくなる)」。

「怖い」と書いた。それは自分でもうすうす気づいていたことを言葉ではっきりと指摘されたからだ。

文中ブロードウェイミュージカルの好きな点を書いたら、「実は裏に伝えたいことがあるのではないか? 」という主旨の指摘をされたのだ。

実はこの指摘こそが、私が文章添削を受けたいと思った理由だった。当初は「なんか最近の若い人、特にファシリテーション界隈の人ってまっすぐ素直でキラキラした文章書くよなー、どうも私の性格はひねくれていていけない、これでは伝えたいことも伝わらんし炎上しかねんよな」となんとなく思っていたに過ぎないのだが、返ってきたフィードバックを見た瞬間、思考の奥底にぼんやりとしていた影にはっきりと輪郭が与えられたような衝撃を受けた。

ただのオタク語りから「日本の演劇産業好きじゃない」がにじみ出て、伝わってしまった! 私は何かを貶めなくては(disと表現するほうが適切かもしれない)好きなことについて書けないのか? すごくイヤなやつじゃないか!

それで、しばらく書く手が止まってしまった。以前からTwitterでさえ「Aですが(否定)Bですよね」構文ばかり書いていることにうんざりしていたのだ。ましてやブログ、考え方を知ってもらうための文章をまっすぐ肯定的な視点で書ける気がしない。例の短文やその他のブログ用の文章を下書き用エディタに書いては消し、書いては放置し、を繰り返すことになった*2

しかし、青山さんからのフィードバックではそのことが肯定的に捉えられていた。現状は書き終えて読み返したときに「ああ、やってもうた、またネガティブ起点だ」となっているに過ぎないが、自覚的にコントロールできるのであればいつかはうまく他者に読んでもらえるかもしれない。加えて、他者から指摘されることはそれこそが自分の特徴にほかならない。それがはっきりしたことこそが、この文章添削講座を受けた最大の収穫だったように思う。他の受講者の方もよく言われることだが、この講座はテクニックをどうにかするというより、他者の目を通して自身を見つめ直すプログラムなのだ*3

ではこれから何をするか。それはもう、読み書きの領域以外にもさまざまなトレーニングを積み重ねながら「伝えたいことを伝える」活動をしていくことしかないだろう。それが健全な批判と受け止められるか、ただの言いがかりと捉えられるかは読者の判断である。

とはいえ、こんなことも考えていたので、できるだけマイルドにしたいという意思はある……。精進します。問題のフォーマルな短文はわりあいニュートラルに書けたと思っている(関係者にも、いちおうそのようにフィードバックいただいている)。

さいごに

この記事に着手して公開するまでに半年かかりました。ことほどさように「自分についてうすうす気づいていたこと」は扱いがタフなものです。私が人の心を触りにいくようなワークショップのアクティビティをやらないこと、また安易に手を出す(ように見える)事例を糾弾しているのはこういった背景によるものです(と、やっと言語化できました)。ワークショップのパワフルさを知った人なら、怖くて手が出せないと感じるのでは*4。泣かせるワークショップは虐待、が持論です。

おすすめコーナー

青山さんは「暖かくも鋭さを感じる文章」(これは最初のメールに書いた表現)を書く方だと感じています。優しいまなざしがベースにあるのだけれど、ただ個々に寄り添うだけでなく社会に根ざした大きな視点も存在していて、私はとても好きです。

人生最後のご馳走 (幻冬舎文庫)

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ほんのちょっと当事者

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  • 作者:青山ゆみこ
  • 発売日: 2019/11/23
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)

*1:後で失礼をわびる言い訳メールも送った

*2:文具案内ブログでさえストップしていた

*3:そういうわけで、すでにある程度書ける人は受講の効果がより高いと思う。実際、文筆のプロがたくさん受講されていて「私なんかが受講したと公表してよいのか」とびびっていたのもこの記事の公開が遅れた理由のひとつだ

*4:『心をあやつる男たち』が有名ですね